LUCAS MUSEUM|LUCASMUSEUM.NET|山本容子美術館


CAFE DE LUCAS


01

ルナ+ルナ

全体のテーマは広場の名前にしたがってストラヴィンスキーへのオマージュとし、個々の作品のモチーフはストラヴィンスキー作品を研究したうえで決定されている。つまり、この噴水は2人の彫刻家とストラヴィンスキーとのコラボレーションでもあったわけだ(*12)。
 最初に思い浮かんだモチーフは「サーカス・ポルカ――サーカスの小象のためにCircus Polka : for a young elephant」(1944年初演)からインスパイアされた「象L'Éléphant」だという。金色の頭をもつ鳥は「火の鳥L'Oiseau de Feu」、翼で水をかく鳥は「夜うぐいすLe Rossignol」。ティンゲリーの機械では「ラグタイムRagtime」、「きつねLe Renard」と、曲と同じタイトルをもつ彫刻も制作された。ちなみに、青い帽子は「ピエロの帽子Le Chapeau de Clown」である。ティンゲリーの配置も含めた綿密な計算によって、個々に違った水芸を披露しているかのような表情豊かな彫刻たちからは、確かににぎやかなサーカスの雰囲気が感じられる。
 噴水の周りでは人びとが眺めを楽しんでいた。少年時代のティンゲリーではないが、子どもたちはガチャガチャ動く彫刻に歓声を上げている。池の中に散歩中の犬が入って水浴びしているのも目撃した。池の縁をゆるやかなカーヴをもったベンチが取り囲み、大勢の人が彫刻を背にして座っている。水しぶきがかかっても平気だ。まるで濡れることで作品とのコミュニケーションを図ったといわんばかりの笑みがこぼれている(*13)。自分も腰かけてみたが、水浴びの犬もかくやという心地よさだった。噴水はれっきとした作品であるにもかかわらず、周囲で騒いでもよければ、水の中に入っても構わないという、何とも自由な接し方が許されているその環境はうらやましいばかりである。
 噴水に面したカフェのテラスに席を取れば、はじける水音に交じってどこからともなく音楽が聞こえてきそうだ。噴水の中でくるくる回っているオブジェが現代作家の彫刻作品だとは知らなくても、誰もが文句なく楽しい気分になり、隣のポンピドゥー・センター内の美術館や図書館でティンゲリーとニキの新しい作品を知ることにつながる可能性をはらんでいる。同時代のアートへの入口がさりげなく用意されているのである。
 実際、ポンピドゥー・センターは誰もが気軽に現代の芸術にふれられる場として創設されたものだ。美術館の展示室にも外から陽光が差し込み、従来の薄暗い美術館とは違った明るい空間で作品を見られるのが贅沢なことに思えたが、その基盤づくりを推進したのはスウェーデン人のポンテュス・フルテンPontus Hultén(1924‐2006)だ。ストックホルム近代美術館長を経て73年にパリ国立近代美術館長となり、77年開館のポンピドゥー・センターで〈開かれた美術館〉の思想を実践した彼は、生涯にわたって同時代の美術を積極的に支援し、紹介に努めた(*14)。ティンゲリーやニキの作品にも早くから注目している。

 

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*12 83年6~9月、パリ市近代美術館で「ストラヴィンスキー噴水Fontaine de Stravinsky」展が開催され、このアートワークのために制作されたスケッチやデッサンなどが展示された。

*13

散歩中の犬が気持ちよさそうに水浴びする後ろで、「象L'Éléphant」が鼻から水を噴き上げている。右奥に小さく青の「ピエロの帽子Le Chapeau de Clown」、「象」の陰に赤い「ハートLe Cœur」の一部が覗き、「象」の左奥はサン=メリ教会に面して設置されている「ラグタイムRagtime」。飼い主の女性の左手は「対角線La Diagonale」。左隅に「人魚La Sirère」も見える


「ト音記号La Clef du Sol」の近くから噴水池に小犬が入ってゆく。その左の作品は「生La Vie」。右奥はカラフルな「蛇Le Serpent

*14 04年6月から9月まで、国立近代美術館では、フルテンの80歳の誕生日を祝い、企画展「ポンテュス・フルテン 自由人Pontus Hulten un esprit libre」を開催。彼が在籍した81年までの8年間は、ポンピドゥー・センターにとっての黄金時代とみなされている。

 

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