LUCAS MUSEUM|LUCASMUSEUM.NET|山本容子美術館


CAFE DE LUCAS


01

ルナ+ルナ

表現者ならば誰しも、先達の遺したものを踏まえつつ新たな地平を開かねばならない宿命を負っている。それまで誰も目にしたことのない何かを表してみせるのが醍醐味であり、つねに次なる領域へ踏み出そうとする苦心が求められる。同時代(コンテンポラリー)の表現者の生み出すものを見るおもしろさは、時代を共有しているからこそ、よりリアルにそのイデーにふれられることだろう。
 アートとの出会いの場は、同時代の作品の場合はとくに、美術館やギャラリーとはかぎらない。野外で、映像として、あるいは身近な品となって遍在している。
 たとえばここに20年以上前にお土産にもらった香水瓶がある。紺色の立方体のガラス瓶についた金色の蓋の上で、緑・紺・白・赤・黄の蛇と金色のメタリックな蛇とが絡み合っている。彫刻家ニキ・ド・サンファルNiki de Saint Phalle(1930‐2002)がデザインしたもの(*1)。小さいながらもその蛇は、紛れもなくニキの彫刻作品だと、手に取った瞬間に感じた。
 その後、やはり蛇をモチーフにしたニキの彫刻が、ジャン・ティンゲリーJean Tinguely(1925‐91)とのコラボレーションの形でパリのポンピドゥー・センターに隣接する広場の噴水に設置されていると聞き、すぐにでも飛んで行きたいと思った。その現場とともに、隣で〈異容〉を誇るポンピドゥー・センターを初めて訪れたのは、それから数年経った1987年のことだった。5月のある晴れた日曜日の午後、メトロでボブール界隈(*2)へ向かった。
 北側に長方形のガラス張りのポンピドゥー・センター。電気や空調、給排水のダクトが露出し、透明なチューブのエスカレーターが、あちこちで大道芸のパフォーマンスが繰り広げられている大きな広場に面した壁面を這っている。白い鉄骨に外から支えられ、工事中の工場のようにも見える(*3)。南側にはゴシック建築のサン=メリ教会。東側は街路樹の間にテラス席を設けたカフェやレストラン、西側はポンピドゥー・センターの音楽部門である音響音楽研究所(IRCAM)の入口のある低層の建物と、表情の異なる建物群に囲まれた広場で、念願だったニキの蛇との出会いを果たしたのだった(*4)。
 全身を香水瓶のようにカラフルにペイントされた蛇は想像した以上に大きかった。水深数十センチの長方形のプール状の池(*5)の中で螺旋形に立ち上がり、くるくる回りながら口から水をシャワーのように吐き出し、周囲に撒き散らしている。その蛇の脇で、屹立するマルチカラーの鳥が金色の頭の7つの突起から7方向に水をほとばしらせている姿がひときわ目を引く。水面近くで翼を大きく広げ、回転しつつ片方の翼で水をかく鳥、ふっくらと丸みを帯びた肢体を横たえて頭から幾筋も細い水束を噴射する人魚。象の鼻先から飛び出た水は大きく放物線を描き、片面が赤、もう片面が数色のグラデーションにペイントされたハートからは真上に水が噴き上がる。緑のリボンのついた青い帽子は沈み込むと周囲に同心円状に波紋を広げ、真っ赤な唇は迫り出してきて水を放出する。金属の骨組みの身体を揺り動かし、頭頂部から四方八方に散水する白い骸骨には思わず笑いを誘われた。

 

Next>>

 

0

0

0

0

0

0

0

0

0

0

0

*1 香水「ニキ・ド・サンファルNiki de Saint Phalle」は、82年、アメリカのジャクリーン・コクラン社の依頼で制作された。詳しくは6ページの〈Warp〉へ。

*2 セーヌ川右岸のパリ市庁舎前の広場から北へ向かうとボブール通りがあるが、その西側は区画整理によって生まれた土地で、プラトー・ボブールと呼ばれてきた。隣接するパリ中央市場(レ・アル)の駐車場として使われ、69年の市場移転後にポンピドゥー・センターが建設された。

*3 ポンピドゥー・センターは階ごとに166×60mの空間を自由に区切って使えるよう、内部には柱が設けられていない。国立近代美術館/産業創造センター、公共図書館、映画館、書店などの施設がある。

*4

ジャン・ティンゲリーとニキ・ド・サンファルの噴水彫刻「ストラヴィンスキー噴水La fontaine Stravinsky」。後方の建物はIRCAM

*5 噴水池のサイズは、36×16.5×0.35m。水位は約29cmに設定されている。

 

page top

Copyright©2007 Office Lucas All Rights Reserved.