LUCAS MUSEUM|LUCASMUSEUM.NET|山本容子美術館


CAFE DE LUCAS


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ルナ+ルナ

1498年、デューラーは表紙を含めた全16葉の紙の表に木版画、裏にテキストを刷った木版画集『ヨハネ黙示録Die Apokalypse』を自ら出版した。テキストは当時よく見られた聖書のものだったそうだが、挿絵は小さなものをたくさん入れるという常識を破り、40×30㎝ほどの大判の紙一杯に1点ずつ版画を刷り入れている。しかも、絵はテキストの場面を追って描かれているわけでもないという。テキストはテキストで読み、彼の解釈で描かれた版画は版画で眺めてほしい。つまり、版画が挿絵として入った聖書ではなく、版画の連作を収めた画集として世に送り出されたということだろう。
 デューラーがイタリア旅行で長く滞在したヴェネツィアは、1470年代に印刷工房ができた土地だった。そこで彼はいち早く美麗な絵のある本づくりに印刷術を生かしている状況に刺激を受けた可能性もある。故郷ニュルンベルク郊外には14世紀末にドイツ最初の製紙所がつくられていた。印刷に近しい環境に身をおいていた彼が版画や出版に魅せられたのもうなずける(*10)。
 その後、銅版画はエッチングが主流になり、ヨーロッパではエッチングや木口木版の挿絵入りの豪華な本が愛書家の人気を博した時代があった。版画に手彩色した挿絵も増えて、表現の可能性が広がっていったのは喜ばしいことだ。とはいえ、本来〈挿絵〉に当たる西欧語の〈illustration〉とは、テキストに書かれたことをイメージしやすくするための〈図解〉の意味合いが強かったはず。〈挿絵〉というとどうもテキストの添えもののような印象があるが、絵を描く側としては、絵とテキストの両方がバランスよく1つの宇宙をつくっている形が理想だ。文学をテーマに制作するときも、読後感や印象を絵にして、見る人の想像力をより喚起できたらと願っている。
 既成の枠組みでのみ本づくりを考えるのではあまりに夢がない。絵だけでテキストのない本が出版物として迎えられる日がくるのを心待ちにしている。幸いなことに自分で版をつくって刷り、綴じる術があるため、版画集をポートフォリオの形にしたり、通常の単行本を出すときやカバーの装画を担当するときに、オリジナル作品のポートフォリオや豪華な装幀の限定版を一緒に発表したりして、印刷されたものにはない味わいを少しでも伝えたいと制作し続けてきた(*11)。
 何が理想の本なのかは人それぞれにしても、本づくりのあり方について考えるとき、脳裡に浮かぶのはウィリアム・モリスWilliam Morris(1834‐96)のことだ。詩人・文学者としてテキストを書き、美術家として絵を描き、デザイナーでもあった彼は、美しいと同時に読みやすい本を理想とした。活字の形や組み方、ページの版面設計を研究した結果、これは自分で印刷するしかないと、活字をデザインし、紙は15世紀に北イタリアでつくられていたような手漉きの亜麻紙を特注、インクはドイツから取り寄せて、1891年に私家本印刷所〈ケルムスコット・プレス〉を設立した(*12)。
 原点に戻り、要素を分解して徹底的に研究し、あらたに新しいものを創る。そのモリスのアプローチは、過去のものをコピーするのではなく、真の意味で、旧い美風を同時代に〈再生(リヴァイヴァル)〉させ、後世に伝えている。

 

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*10 デューラーは最初のイタリア行の後に『ヨハネ黙示録』を出したが、2度目の旅を経た1511年には『ヨハネ黙示録』の第2版と、同じく裏表の画文集形式で『大受難伝Die Große Passion』『小受難伝Die Kleine Passion』『マリアの生涯Das Marienleben』の4冊を刊行。1515年頃から18年にかけては、当時最新の技法である鉄版エッチングに挑み、6点の作品を仕上げてもいる。銅板を用いたエッチングは、そのあとの世代が防蝕膜や腐蝕液の研究を進め、技法として確立してゆくことになる。

*11 最初のポートフォリオは、初個展の際に手作りしたもの。出品作のモチーフを4センチ角の版画にし、はがきサイズの革のカバーをつけて革紐で綴じてある。タイトルはカバーに鉛活字で打ちつけた。その後、いままでにつくったポートフォリオ、私家本、限定本はあわせて20点になる。

山本容子 ポートフォリオ『My Copper Party』1975年、限定部数50部、16.5×14×0.5cm

*12 ゴシック・リヴァイヴァルを背景に、モリスの時代のイギリスでは新たに生まれた多色石版(クロモリトグラフ)を利用して、中世の彩飾写本の秀作から選りすぐった大文字(イニシャル)や縁飾り(ボーダー)、カリグラフィのアルファベットをカラー図版で掲載した技法書が出版された。
 2ページ、*2の本は、そうした1冊としてヴィクトリア女王御用達の石版工房デイ&サン・カンパニーが出した『彩飾の技法The Art of Illuminating』(1860年)を、20世紀の発明であるカラー・オフセット印刷で復刻したもの。

 

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