LUCAS MUSEUM|LUCASMUSEUM.NET|山本容子美術館


CAFE DE LUCAS


01

ルナ+ルナ

デューラーの時代、ニュルンベルクは神聖ローマ帝国の自由都市の1つだった。いまも城壁で囲まれた旧市街の北の丘には皇帝の居城(カイザーブルク)がそびえている。その足下、ティアーゲルトナー門広場に面した家で、デューラーは1509年から亡くなるまでを過ごした(*7)。広場に着いたとき、どれが彼の家なのかはすぐに察しがついた。それというのも、デューラーのエングレーヴィングの3大傑作(*8)の1つ、『書斎の聖ヒエロニムスDer heilige Hieronymus im Gehäus』(1514年、24.7×18.8cm)に描かれていたのと同じ、瓶の底のように中央に厚みのある円形のガラスがびっしりと2階の窓にはめ込まれていたからだ。デューラーは自宅の一室をモデルにし、忠実に細部まで再現していたのである。
 その絵には、学僧ヒエロニムスが一心に机に向かっている書斎の室内にガラスの1つ1つを通して外光が差し込んでいるさまが、微細な渦巻き文様の影が窓の脇の壁面を埋め尽くすかたちで表現されていた。1つの白黒の画面にさまざまな階調が存在し、聖人の後光、手前の床にうずくまるライオンのゆるくカールした毛並み、天井の梁の木目など、あらゆる質感がビュランの点と線の集積で描き分けられている。当時の通例として、木版の彫りは工房の弟子の手になる場合も少なくないが、デューラーの銅版はすべての工程を自身が手がけたもの。40代でまさに彼の技巧が頂点を極めた時期の作品なのである。
 建物内に入り、件のガラス窓を開けると、ティアーゲルトナー門広場から皇帝の居城(カイザーブルク)の塔までが見晴らせた。窓の傍らには書き物机と椅子が置かれている。いや、聖ヒエロニムスならば書き物だろうが、デューラー本人はそこで銅板を彫っていたのか……。かつては仕事場として使われていたらしい広々とした別の部屋の中央には、木版用平圧プレス機がどっしり据えられていた(*9)。デューラーが使っていたのかもしれないと思うと、うれしさのあまり近づいて木製のハンドルを回してしまった。展示物に触れるなど、してはいけないことだと十分知っていたのに、職人魂でつい動かしてしまったのだ。そのため博物館の人が駆けつけるというハプニングが起こったが、こちらが版画の専門家だとわかると大目に見てもらえた。
 プレス機の大理石製の版面台には、見本として木版が1枚のせてあった。その凸面にインクを塗り、ティンパン(木枠)に紙をセットして版に重ね、ハンドルを回すとコッフィン(版盤)上の紙と版とがプラーテン(圧盤)の下へ送られる。そこで圧盤を下げれば圧力で版の絵が紙に写る。原理はまったくグーテンベルクの印刷機と同じである。500年後の自分もまた、仕組みの細部こそ違え、デューラーと同じようにプレス機で版を紙に刷る行為をしていることにあらためて感激した。

 

Next>>

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

*7 デューラーは1420年頃に建てられたこの家を2度目のイタリア旅行後に購入した。1826年に市が買い取り、1871年より博物館〈アルブレヒト・デューラー・ハウス〉として内部が公開されている。1998年からは、往時の画家の工房における職人たちの仕事ぶりの実演や、妻アグネスに扮した女性によるガイドツアーも行なわれている。

*8 3大傑作の他の2作は、『騎士と死と悪魔Ritter, Tod und Teufel』(1513年、24.5×18.9cm)と『メレンコリアI Melencolia I』(1514年、24×18.8cm)。

*9

ニュルンベルク、〈アルブレヒト・デューラー・ハウス〉のプレス機

 

page top

Copyright©2007 Office Lucas All Rights Reserved.