LUCAS MUSEUM|LUCASMUSEUM.NET|山本容子美術館


CAFE DE LUCAS


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ルナ+ルナ

制作中、どこまでも悲しみに沈んでゆくダウランドの音色(ねいろ)を聞いていたら、男が男に捧げた報われない愛がイメージされた。ダウランドは旋律に詞(ことば)を乗せるのが実にうまい。ある感情の強さ、深さを伝えるときに、1つの単語を繰り返すことがある。彼の曲を聞きながら絵を描いていると、あるところで何度も繰り返し線を描き込む自分の手の動きと曲の流れが重なった。
 画文集『シェイクスピアのソネット』の扉にあしらう絵として、片方の目を隠しているシェイクスピアの肖像を描いた(*11)。見る側に「見る」という行為を意識してほしかったのだ。「覗いて」というメッセージを図にしたわけである。見返しにはエリザベス1世のある肖像画の印象を描いた作品が入り、本を開くと、左右のページいっぱいに広がった豪華なスカートからそれは小さな女王の足が覗く(*12)。装幀の和田誠氏はカバーのタイトル文字を覗き穴に見立て、向こう側にそのスカートを覗かせた。本文の詩の文字組みと絵の配置にも心が配られ、実に凝った仕上がりの本となった。
 V&Aでミニアチュールと出会った体験から、小さなものを覗き込むとき、人は自然と息を詰めるものなのだと気づいた。その見方は宝石や高価なものを見つめるときと同じだ。神経を目に集中させて、一心に熱いまなざしを注ぐ。つまり愛(め)でるのである。そうすると、「覗く」という行為の対象となるものの大きさは、瞳を動かさなくともすっぽり視野に収まることが条件になる。
 では、銅版画で可能な最小のミニアチュールとはどのくらいの大きさだろう。銅板を購入している店の職人さんに相談した結果、4ミリ角が熟練の技をもってカットできる最小サイズだとわかった。最小を4ミリ角として何種類かミニアチュール銅版画を制作し、それを銀の額縁に入れてガラスをはめ込み、指輪やブローチなどのアクセサリーにした。絵画でありながら装飾品である作品たちだった。1993年秋のことだ。
 それでは、その小さな小さな作品を意識的に見せるにはどうしたらいいか。制作したあとは自然と展示に考えが及ぶ。そこで思い出したのは、建築家の竹山聖氏とグループ展でコラボレーションした折のことだ。空間の壁面に規則正しくあけた2.5センチ角の正方形の穴から、40センチ先の壁に掛かった10センチ角の銅版画を覗くと、不思議なことに絵がとても大きく見えた。竹山氏に4ミリ角のアクセサリーを展示する装置の設計を依頼したところ、手漉きの和紙に指で穿ったような穴をあけ、和紙越しに覗いてはどうかとの提案があった(*13)。早速、福井の武生で和紙作家、堀木エリ子氏の指導のもと、2.1×2.7メートルの紅花の植物染料を入れた特色のオレンジ色の和紙を漉き、水圧で9個の穴をあけたものを2枚制作した。本棚のような棚にアクセサリーを並べ、その前に和紙を垂らす。18個の穴から次々に覗くと、4ミリ角の絵はくっきりと見え、またしても視覚の不思議さを味わったのだった。

 

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※11山本容子「シェイクスピアのソネット[Shakespeare]」1994年、エッチング+アクアチント、9×7.5cm

*12 見返しの作品は山本容子「Queen ELIZABETH I」1994年、エッチング+手彩色、22×36.5cm。
 なお、この女王の肖像画は「ハードウィック・ポートレートThe Hardwick Portrait」との通称をもつ。

*13 竹山聖氏の展示設計により、展覧会「山本容子ウォール・エキシビション[アクセサリー]」が和歌山県立近代美術館と高知県立美術館で1996年1月から3月にかけて開催された。

竹山聖氏の展示設計図

 

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