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CAFE DE LUCAS


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ルナ+ルナ

作家とはそうして先達に学び、真似や剽窃ということではなく、敬愛する作家の作品を引用することによって影響を受けた証を作品に留めるものなのだと思う。ホックニーも若いころからピカソを深く尊敬し、作品の中にピカソ本人を登場させたり、キュビスム風の画面にピカソの作品を分解して入れたりと、率直に敬意(オマージュ)を捧げている。カラー・エッチングの連作『青いギターThe Blue Guitar』(1977年)も、ピカソの〈青の時代〉の作品「年老いたギター弾きLe Vieux Guitariste」(1903年)が根底にある(*7)。また、ピカソはピカソで、祖国スペインの宮廷画家ベラスケスDiego Velázquez(1599‐1660)の「女官たち(ラス・メニーナス)Las Meninas」(1656年)を繰り返しモチーフにしている。その連作をバルセロナのピカソ美術館でいやというほど見たことがあった。誰しも先達と対話しながら創作することがあるのだ(*8)。
 さて、エッチングで出会って以来、関心を寄せてきたホックニーが、文学や音楽のジャンルとコラボレーションをし、遊び心に富んだ舞台美術の仕事をしているのにふれて、自分も音楽や舞台の世界と関わってみたいと願うようになった。それまでも文学作品を読み、その読後感を1枚の絵にしていたが、今度は脚本や演出、照明など、各ジャンルのスタッフと一緒にアイディアを出し合いながら練り上げてみたいと。
 その機会は1998年に訪れた。一柳慧氏作曲のオペラ『モモ』全3幕(改訂初演)の舞台美術と衣裳を手がけることになったのである。演出は加藤直氏、公演日は12月4日と6日、会場は神奈川県民ホール大ホールだった。原作は愛読している作家ミヒャエル・エンデMichael Ende(1929‐95)だ(*9)。
 エンデの作品世界を銅版画にする場合は、静止した画面の中でどのように動きを表現するかを試みるのだが、舞台美術と衣裳へメディアが変わることによって、今度は舞台という1枚の絵をまるごと動かせるというおもしろさがある。それには舞台上にある何か象徴的なものの形を変化させるのが効果的だと思われた。『モモ』とは〈時間〉がテーマの物語である。足元で何かが動き、何だろうと見てみたら蟻がいたというだけでも、そこに別の時間の流れが感じられるからだ。

主人公のモモという少女は人の心の声に耳を傾けられる能力をもっていて、廃墟になった古代の円形劇場の舞台下に住んでいる。そもそも円形劇場とは、多くの人が語り手の周りを囲んで話を聞こうとした結果生まれた、すり鉢状の装置だ。聞くという行為を象徴する耳とも、円形劇場とも形の似ているものとして帽子が浮かび、物語の舞台設定として、砂漠のような広大な土地に帽子がぽつりところがっている風景をイメージした。一陣の風が吹くと帽子はころころ転がって、やがて視界から消えてゆく。その不安定な場が〈時間〉の永遠の流れを表現するのにふさわしいと考えたのである。もう一つ言うなら、鳩が飛び出すマジシャンの帽子の形がファンタジーを生むものとしてマッチすると思われた。

 

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*7 『青いギター』は正式には『The Blue Guitar: Etchings by David Hockney who was inspired by Wallace Stevens who was inspired by Pablo Picasso』という。ピカソの絵から、詩人ウォーレス・スティーヴンス(1879‐1955)は「青いギターを持った男The Man with the Blue Guitar」(1936年)を書き、その詩からホックニーはエッチングを制作した。

*8 1999年2月から5月にかけて、パリのピカソ美術館で「デイヴィッド・ホックニー:ピカソとの対話David Hockney : Dialogue avec Picasso」展が開かれた。ピカソ美術館初の現存作家の展覧会だったという。

*9 この公演のポスターやプログラム、ちらしなどの印刷物のイメージ・キャラクターとして、〈時間の花〉を手にする主人公モモを描いた。

山本容子「MOMO」1998年
エッチング+手彩色 30×25cm

 

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