LUCAS MUSEUM|LUCASMUSEUM.NET|山本容子美術館


CAFE DE LUCAS


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ルナ+ルナ

道沿いにこれといった装飾も窓もない白壁が15メートルほど続き、隣り合う修道院と接する東端に一般信徒用の入口があった。通りから見た外観はほぼ箱型のとても簡素な平屋で、思ったよりも小ぶりである。入口の扉の上に、長方形のタイル画が掲げられていた。妻飾りと同じく周囲を青色で縁取られた白タイルに黒い描線で、光を放つ十字架を中心にして、右に聖母子、左に聖ドミニクスの胸像が描かれている。このロザリオ礼拝堂はヴァンスのドミニコ会女子修道院の礼拝堂なのである。
 マティスが礼拝堂の装飾を引き受けた背景にドミニコ会の修道女との交流があったことはよく知られている。1941年、71歳のマティスがリヨンで腸の手術を受けて生還したとき、病院で手厚く看護してくれた修道女たちがドミニコ会だったが、その後、ニースのアトリエに戻った彼の介護をしながら、素描のグワッシュを準備し、切り紙絵制作の助手を務めたモニク・ブルジョワもまた、偶然にも後にドミニコ会修道女となる。1943年半ばから49年初めまで彼がヴァンスへ疎開して住んだヴィラ〈ル・レーヴ〉は奇しくも修道院のはす向かいで、1947年のある日、モニクはシスター・ジャック・マリーとして再建予定の礼拝堂のステンドグラスの相談にマティスを訪ねるのである。
 その再会に運命的なものを感じたとしてもおかしくはない。マティスはステンドグラスだけでなく礼拝堂のあらゆる装飾に携わることになった。設計図面を引いたドミニコ会のマリ=アラン・クチュリエ神父、ルイ=ベルトラン・レシギエ修道士と綿密な打合せをもち、ベッドに横たわったままアトリエの壁面に、あるいは椅子にかけたまま床に置いた紙に、長い棒の先につけた筆を使ってデッサンをしながらの、まさしく渾身の力をふりしぼっての創作だった(*9)。
 さて、扉から中へ入るとすぐに下りの階段がある。丘の斜面に建つ建物の南側は、通りに面した北側よりも1階分低くなっていたのだ。階段下の白壁には、青い葉と草花のモチーフで飾られた白い陶製の聖水盤が据え付けられてあった。
 聖水を右手の中指にとって十字を切り、礼拝堂の中へ足を踏み入れる。すると、左手(南側)の壁にスリット状にはめ込まれたステンドグラスの青と緑と黄色の光の帯が白大理石の床の上にいく筋もすーっと伸びているではないか。息をのむほどの美しさだった。正面の祭壇の奥の壁面にも、緑の地に青の葉と黄色い花をつけたサボテンがモチーフの一対のステンドグラスが見える。側面に天井付近から床まで入ったスリットは緑の地に青と黄色の葉のモチーフで、手前の信徒席部分に6つ、奥の修道女席部分に9つあった。エデンの園にある〈生命の木L’Arbre de Vie〉をテーマにしたこのステンドグラスには、穏やかな海と温かな陽光と豊かな草木という南仏の色が表現されているに違いなかった。
 祭壇へ近づいてゆくと、右手の壁面の天井付近から目の高さぐらいまでのところに、花に囲まれたタイル画〈聖母子Vierge à l’Enfant〉がある。続いて、祭壇のあるサンクチュアリの右手壁面にも、天井から床まで一杯に描かれた聖書を手にした〈聖ドミニクスSaint Dominique〉が(*10)。どちらも外で見た壁画と同じく、白いタイルに焼き付けられた黒い描線の図像は極限まで単純化されているが、顔、布、十字架などがそれぞれ微妙に異なる筆致で表現されている。そのモノトーンの壁画上にもステンドグラスの3色の光が映り込んでハーモニーを奏でていて、光をガラスは透過し、タイルは反射して、大理石は吸収するといった素材のもつ性質に十分配慮したうえで設計されていることがあらためて実感される。
 一段高くなったサンクチュアリの段差部分に、小さな正方形を細かく十字に組み合わせたモザイクが施されているのが見えた。13歳のときにカトリックの洗礼を受けた身としては、祭壇上を不躾に眺めるのは気が引けることだったが、ブロンズの磔刑像がマティスの彫刻作品だと気がつくと、それを中心に左右に3本ずつ並んだ燭台、聖櫃(タベルナクル)と聖体器(シボリウム)、それに、魚のモチーフが刺繍された純白の祭壇布、金属製の聖体安置場所を示すランプのすべてが、マティスのデッサンの大らかな線で象られているのが見てとれた。ここで語られる言葉は祈りを捧げるあらゆる人びとの心に自然と沁みてゆくことだろう。ふと天井に目をやったら、豆粒のような電球が同心円を描く照明器具がある。天井の広さに比べてぐっと小さめで、こちらを覗き込む小さな天使の瞳と目が合ったような気がして、思わず笑みがこぼれた。

 

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*9 『ヴァンスの礼拝堂――ある創作の記録The Vence Chapel: The Archive of a Creation』(アンリ・マティス他、1999年、スキラ社。『La chapelle de Vence: Journal d'une création』の英語訳)には、1947年12月から51年6月までの、マティスとマリ=アラン・クチュリエ神父、ルイ=ベルトラン・レシギエ修道士との綿密な打合せのメモや手紙が、図面や習作、制作風景の写真などと一緒に収録されている。
 なお、クチュリエ神父は、第2次大戦後、教会や礼拝堂の建築・装飾を信仰の有無を問わず才能ある芸術家に依頼して、宗教美術を新たに発展させようとの〈聖なる芸術Art Sacré〉運動を推進した人物。

*10 祭壇の奥にステンドグラス〈生命の木〉、右手に壁画〈聖ドミニクス〉。

 

 

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